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>アナキズムに関して、まっぺんさんの薀蓄を開陳して欲しい。
別に、僕のウンチクなどというわけじゃなく、
左翼の「常識」になっている程度には知っているし、とりあえずはそれで十分だと思います。
アナキズムが幅広い思想体系であるというのは「あ」君の言う通り。しかし「あ」君は
そういう「ことばじり」をとらえて示すことによって、自分の無知を言い逃れているだけ。
トロツキズムをアナキズムと区別出来ない時点で無知蒙昧丸出し。
アナキズムは「一切の権威を認めない」。これがまず基本です。
その上で、思想的にはいろいろあって、かのトルストイも「アナキズム」だったとか。
しかし、それはバクーニンなどの行動派とはおよそかけ離れている。
一般に「左翼業界」でアナキズムを語るなら、現体制の否定とその先にどんな体制を求めるか
それを語らなければ、ただ裾野が広がっただけの無意味な議論になってしまう。
そのような前提でアナキズムを語るならアナルコサンジカリズムなどが
最も重要な対象であって、リバタリアン右派などを持ち出してきても議論にはならない。
なお「アナボル論争」について語り合えば、いつまでも結論が出ないと思う。
ぼくはトロツキズムシンパですから、当然「ボル」の側から「アナ」を見ている。
しかし、「あ」君がまったく本質を理解してはいないが、どこかで
「トロツキズムとアナキズムには類似点がある」と書いてあるのを読んだのかもしれない。
その「類似点」とは、要するに「本来のボルとアナの違い」ではなく、
「スターリニズムとの違い」という点で似ているのだろうと、ぼくは理解している。
三里塚管制塔占拠闘争を指導し獄中11年を闘った和多田同志は「バクーニン」という綽名を持っていた。
これは「思想」面ではなく「行動」面で我がトロツキスト達がアナキズムをも含めて
自分たちに近い存在と意識している(無意識のうちに)と思われるエピソードと言っていいかもしれない。
思想は一度確立したらそれで完成するものではない。トロツキズムもそうだ。
トロツキズムは現に世界中に存在する組織、人が、その行動の中で変化し発展している。
いま「フランス支部の起こした実験」が注目されているが、これもその変化のひとつといえる。
思想が歴史の中で、行動する人々の中で、変化し発展するという点ではアナキズムも同じだと思う。
フランスはその兆候が顕著だ。フランスではさまざまな運動団体が行動をおこしている。
移民たちの差別撤廃闘争、住居を持たない人たちによる公共建造物などの占拠・住居化行動、
日和見主義な労組に対抗して作られた独立労組などが次々と沸き起こり、大きな力を発揮している。
その運動には多くのアナキスト、トロツキストが参加し、凡ヨーロッパ運動へと発展している。
これらの人々によって反失業ヨーロッパ大行進が実行され、何万人もの人々がそれに参加した。
これらの人々によって、投資への課税を要求するATTACが創設され、世界に300もの支部が作られた。
それらを報道する、日本でいえば『週刊金曜日』のような雑誌がある。『ルモンド・ディプロマティーク』。
その編集部には多くの市民活動家が参加し、アナキスト、トロツキストも参加している。
つまり「ことば上」、「思想上」での論争を現実と無関係に行っていても意味はないのだ。
左翼思想は「可能性」であり、「批判の武器」でなければならない。
閉じられて「完成された」、本の中にある思想などであってはだめなのだ。
現に動いている歴史の中で、その思想は「行動」によって検証され、発展していく。
「いまここにあるものを拒否し、いまここにないものを求める」行動こそが
世界を切り開いていく。
それを「思想が指導していく」という一方的関係として理解するかぎり
その「思想」はただの「剥製」でしかありません。
思想と行動は双方が影響を及ぼしあう関係にある。・・・ということですよ。猫さん。
猫さんは「サル共」の様々な行動を鬱陶しく思っているかもしれない。
しかし「理想的サルの剥製」などにはなんの価値もありません。あなたも猿山に降りてらっしゃい。(=^^=)/
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