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仏魔同面

 投稿者:初心者  投稿日:2009年 6月19日(金)17時36分13秒
編集済
   話題になっているかどうかは知らないけど、ワーナー・ブラザースが、『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説』という映画を年末に配給することがきまったそうだ。あろうことかこの映画では、ウルトラマンが悪役で登場するという。

 悪役ウルトラマンの名は「ウルトラマン ベリアル」。写真を見るかぎり、いかにも悪そうである。映画というのは、わかりやすくて単純だ。日本中のもと少年少女たちの夢を踏みにじるのには、十分すぎるほどの悪逆キャラだ。

 現実の世界で、ほんとうに悪いやつが、「自分は悪いやつです」という姿であらわれることは少ない。自分は善良な人間なんです。私は信用できます。人をだますような人間ではありません。だいだいこんな感じであらわれて人をだます。

 もっとすごいやつは、神や仏の姿であらわれてくる。自分のいうことを聞け、そうすればすべてがうまくいくといって、人の弱みにつけこんでくる。

 神想観中に神を見たといって有頂天になっていると足許をすくわれるかもしれない。超常現象を体験したといって自分を過大評価していると、そのうち泣きを見ることになるだろう。

 映画というのは、2時間とか3時間とかで決着をつけなくてはならない。だから、悪いやつらは最初から「いかにも」というわかりやすい姿で登場する。これを信じて、現実の世界もおなじだと勘違いするとたいへんなことになる。現実世界の諸悪は、いくらでも時間をかけて、気持ちの弱い者、真理を知らない者に取り入ろうとするんだよ。
 

左脳のバシャール

 投稿者:初心者  投稿日:2009年 6月18日(木)13時08分11秒
編集済
   自分が自分らしく生きているという実感がもてないとしたら、それは、自分のなかのバシャール(司令官)がその役割を十分にはたしていないのが原因である。

 バシャールは左脳にいる。バシャールが十分な仕事をしなければ、われわれは原付のエンジンで走るキャデラックのような存在になる。

 バシャールが本気をだすのは、われわれの人生が危難と直面したときだけである。危難のさなかにあるとき、人々は生き生きとした自分を体験する。

 危難が去ると、退屈な人生に逆戻りだ。F1マシーンのようなエンジンは、ふたたび原付へと戻る。

 われわれは、左脳の使い道を知らない。左脳は、右脳の司令官でなければならないのだ。なぜなら、右脳はいつも「人生は退屈だ」と感じているからだ。

 人生に意味を見出せるのは左脳だけである。右脳は、人生に退屈を見出す。ほとんどの人は、右脳の言い分にひきづられて、人生を退屈だと感じている。

 こうした人々は、原付のエンジンで走るキャデラックのように、おもうようにいかないみじめな人生をおくることになる。

 左脳が司令官の役割を自覚することで、人々は、人生に意味を見出し、光り輝く自分を体験できるようになる。

 左脳がその役割をはたすことができれば、右脳は、「人生によろこびをもたらす」というほんらいの役割に目覚める。

 このとき人々は、人生に危難は必要ないと気づき、左脳の使い道を知ることができさえすれば、あとは何もいらないということを理解する。
 

イレブン

 投稿者:初心者  投稿日:2009年 6月18日(木)09時37分25秒
   これは11という数字にまつわる面白い話。

 昔、昔のその昔、ひとりの男が3人の息子をのこして世を去った。男は、自分が所有する11頭の馬のうち、2分の1を長男に、4分の1を次男に、6分の1を三男に分け与えると書きのこしていた。

 息子たちは、父の言葉にしたがって馬を分けようとしたが、どうしてもうまくいかない。困り果てているとろへ、息子たちのオジが馬にのってやってきた。

オジは息子たちの話を聞いて、それなら自分の馬をやろうといって、馬は12頭になった。長男は2分の1の6頭の馬をうけとり、次男は4分の1の3頭をうけとり、三男は6分1の2頭をうけとった。

のこった1頭の馬にのってオジは帰っていった。
 

能あるツメはタカをかくす

 投稿者:初心者  投稿日:2009年 6月16日(火)09時23分14秒
編集済
   中国の古いことわざに「良賈(りょうこ)は深く蔵して虚しきがごとし」というのがある。すぐれた商人というのは、良い商品は店の奥にしまっておいて、けっして表には出さないという意味らしい。

 こうした言葉を聞くと、テレビドラマで、カモが店にはいってきたのを見とどけた骨董屋の店主が、奥のほうからなにやら高そうなものをうやうやしく持ち出して、「だんな、これなどはいかがですか」と話しかける場面を連想する。

 カモは、「おお、自分だけに特別に見せてくれるのか」だとか「奥にしまっておくくらいだからきっと良いものちがいない」だとか考えて買っていくのである。なかなかうまいやり方であるが、ようするにこういう意味なのだ。

 もっとも、実際には何がいいたいのかというと、ほんとうにすぐれた人物というのは、自分の才能や知識はかくしておいて、けっしておもてには出さないということになるらしい。

 簡単にいえば「能あるタカはツメをかくす」となる。これを逆にして「能あるツメはタカをかくす」といった人もある。たとえツメをかくしたところでタカはタカだから、ほかの生き物は警戒する。そこでツメでタカをかくしてしまえば、タカであることがわからなくなるのでほかの生き物は油断するだろうということだ。

 問題は、ツメでタカがかくせるのかということであるが、ネットだとこれが簡単にできてしまう。出会い系サイトで、能あるツメの背後に身をかくしたタカが待っている。あわれなヒバリたちは、タカとは知らずに近づいていく。

 「良賈」はネットに存在することはできない。「深く蔵して」いたのでは、話にならない。誰からも無視されてしまう。「虚しきがごとし」とすましていても、誰もその存在に気づくことはない。「能あるツメ」だけが闊歩する。ネットとはそんな怖い世界なのかもしれない。
 

ステージライト

 投稿者:初心者  投稿日:2009年 6月12日(金)11時08分25秒
編集済
   わたくし、歌手のあさみちゆきの大ファンなのですが、先日の火曜日、ちゆきちゃんがNHKの「歌謡コンサート」に出演なさいましたんです。

 歌った曲目は、内藤やす子の『弟よ』。

いやもう会心の出来で、わたくし、たいへんに感動いたしました。歌い終わったあとの、ちゆきちゃんの充実した笑顔が、そのことをいっそう物語っていました。ちゆきちゃんは興奮して、その日は夜中まで眠れなかったそうです。それほど素晴らしい歌いっぷりでありました。

 スカートが似合わないちゆきちゃんのトレードマークはジーパン姿なのですが、そのジーパン姿がカッコよすぎて、テレビにむかっておもわず「ちゆきちゃ〜〜ん」と叫びたくなるほどなのであります。

 ちゆきちゃんのブログを見ていると、生放送のステージがはじまるときの緊迫した様子が、ビビビーーと伝わってまいります。

>いつものおまじない…
スタッフの皆さんからの
『大丈夫!』という言葉☆

>手をギュッと握り締めてもらって…
背中をパンと叩いてもらって…


>キラキラのステージへ☆

 いいなー、この緊張感、緊迫感。こういうことができる人って、ステージライトのせいだけじゃなくて、ほんとうにカラダのなかから発光してるって感じなんだよね。

 人間って、自分がやりたいことを全身全霊でなしとげているときは、ほんとうに光を発するんだよねー。その光が、まわりからも反射してきて、世界が輝きはじめるんだよね。

 誰の人生にも、ぜったいにこういったシーンが必要なんだよ。みんな、なんかやろうぜ、自分がやりたいことを全生命をかけて。
 

プレイボーイになれなかった男

 投稿者:初心者  投稿日:2009年 6月 8日(月)14時09分0秒
編集済
   >この二人の魔女がいなかったら、初心者様は今頃どのくらいプレイボーイになっていたやらね〜。
良かったね。プレイボーイにならずに済んで。

 おおー、こういう考え方がありましたかー。さすが浮雲さんであります。

 魔女がいなくても、(プレイボーイに)なれた可能性は低いとおもいますが、これからは、「ならずに済んでよかった」とおもうことにいたします。

>「女なんて小便くさくってよ〜」

 いやー、わかりますねー、この感覚。白鳩の皆さんにはしかられてしまいそうですが、そうなんですよ、これなんですよー。

 これって、わたくし的には幼児体験なんですよね。近所の小便くさい女の子、その子の印象があまりにも強すぎて、いつまでも尾をひいてるって感じなんですねー。人生、どこまでいっても三つ子の魂百まで、でありますねー。

 この子も魔女のひとりにくわえましょうかね。
 

笑顔も超ベルバラ級のゆきえさんへ

 投稿者:初心者  投稿日:2009年 6月 8日(月)14時06分41秒
   やっぱり文章だけですべてを伝えようというのは苦しいし無理がありますよね。これでもかというぐらいしつこく書き続けて、それもかなりのオーバーアクションで、自分のいいたいことを強調しなくちゃ伝わる気がしない。けっこうしんどいですよね。

 それに、その気になれば情報を操作するなんて、わけなくできてしまいますからねー。ほんとうのことを書いているかどうかわからない場合もある。

 でも、だからといって、写真を公開するのって勇気がいりますよねー。深く考えるとできなくなってしまうので、「やっちゃえー」みたいなノリでいかなきゃーできっこないですよね。

 ゆきえさんって、何かやるときは徹底的にやる、中途半端なことはしない、というイメージがありますが、ホンマにそういう感じですねー。

 わたくしも「やっちゃえー」なんておもわなくもないですが、やっぱりやめときます。だってそんな勇気ないもん。
 

(無題)

 投稿者:ゆきえ  投稿日:2009年 6月 7日(日)22時44分18秒
  バナナパン食べましたかあ♪

うちの主人は冷えたの食べたから、イマイチだと言われちゃったのよ。

焼きたてを食べたさえちゃんは美味しいって、パクパク食べてました。

そうだ、焼きたてたべても〜らお♪
 

バナナパンだよ〜ん

 投稿者:浮雲  投稿日:2009年 6月 7日(日)21時56分32秒
編集済
  ゆきえ様
おっちょこちょいですか? いいなあ。
おっちょこちょいで悪い人はいない。
初めからわかってはいるけど、ますます、良い人だって証明されたようなもんですね。


初心者様
>おいらが、自分で自分を石にしてしまうほどにおそれている魔女とは、実はこのふたりの魔女なのかもしれない。このふたりにたいするおそれがすべての女子に投影されて、おいらがおいら自身を女子から遠ざけているのかもしれんのだよね

この二人の魔女がいなかったら、初心者様は今頃どのくらいプレイボーイになっていたやらね〜。
良かったね。プレイボーイにならずに済んで。

>とくに女子には嫌われたくなかったもんね。遠ざけておきさえすれば嫌われる心配はない、という深層心理がはたらいたとしても当然だよー。

僕もこういう気持ちがありましたよ。
「女なんて小便くさくってよ〜」なんて、高3の先輩が口癖のように言っていたけど、このセリフ好きだったなあ。
いやあ、懐かしい。青春に返ったみたいです。


話は変わって
今日は家内が、今ブログで話題沸騰中のバナナパンを作りました。
九州の人(ゆきえさんのことですが)が、うっち〜さんのブログを見てさっそく作ったらしい、という話をしたら、あわててつくる気になったようです。
僕の割り当ては3ヶ。ぺろりと食べてしまいました。
バナナの香りがプ〜ンとよく匂っていました。
 

見た目は?  初心者サマ♪

 投稿者:ゆきえ  投稿日:2009年 6月 7日(日)21時33分10秒
  だからブログで写真公開しました。 公開したら、楽になったのよ。気持ちが。たとえば挨拶するとき、私は笑顔だけで会釈することがよくあるの。 相手の目をみて、にこ〜てね。 言葉はいらない。 心が通い合えばいいでしょ。 ブログだと、どんなイメージで見られるか判らない。必要以上にいいイメージを持たれるのもしんどいもんね。

堀先生のブログは顔があるからより一層信頼の持てる素晴らしいブログなんですよね。

初心者さまもどうですか!! 顔付きブログなど、されてみては♪ うふふ♪
 

あらまぁ

 投稿者:シコク嫁  投稿日:2009年 6月 5日(金)21時42分2秒
編集済
  宇治の研修から帰ってきたら、掲示板がえらく賑わっているではありませんか。
時々あらわれるゆきえちゃん、いい味でてる。グッジョブ!初心者さんの素の声が聞けてるかもね〜〜〜うふふ〜〜〜これは貴重な経験かもね?浮雲さんは相変わらず優いし〜〜。yutaさんも相変わらずyutaさんだし〜〜〜良か掲示板よね、うん。

え〜〜と、初心者さまが書いてる「見た目」。うん、割と大事かと思います。
純子先生がいつぞやの全国大会で「男は顔です」っておっしゃってたのを思いだしました。それは〜〜顔のつくり云々ではなくて、男性は(ま、女性もですが)その人の人生が顔に出てくるからね、ある程度の年齢になると、美男とか美女とかは作られてくるものだ、ということで、私も全く同感なのであります。
誰だったかアメリカの大統領が「40過ぎたら男は自分の顔に責任を持て」とかなんとか言ってましたよね〜〜〜。
言葉というものは「身・口・意」だもんねぇ。同じ「バカ」という言葉でも言い方ひとつでニュアンスが変わってくるもんね。

でも、こんな考察できる初心者さま、きっと良いお顔をなさっておられると思いますよ。そして良い雰囲気を醸し出しておられると思います。
 

浮雲さま

 投稿者:ゆきえ  投稿日:2009年 6月 5日(金)11時30分18秒
  あら、ごめんなさい。

おっちょこちょい健在ね。あはは。
 

ゆきえ様へ

 投稿者:浮雲  投稿日:2009年 6月 4日(木)21時00分10秒
編集済
  ゆきえ様

すみませんが、何か誤解しておられるようですよ。

ひよっとして、忙しい合間に読まれて、勘違いされたのかな。

誤ってもらうことなど何もないですよ〜。
 

人は見た目がすべてなのか

 投稿者:初心者  投稿日:2009年 6月 4日(木)12時34分20秒
  人は見た目なんかじゃない。これまでずっとそうおもっていた。でも、本当は見た目が大事なんじゃないか。そうおもうようになってきた。

ネットで物を書くようになって、文字だけで自分を伝えることなんてできない、ということがわかってきた。

文字だけでも伝えられるものはある。でも何かちがう。日常の暮らしのなかで人と関わっているときとは、あきらかなちがいが感じられる。

 自分のことを伝えるのに、普段よりも何十倍、何百倍ものエネルギーが要るような気がする。

人と面と向かって関わっているなら、黙っていても伝わるものがある。だから楽ができる。

 ネットでは、何も書かなければ何も伝わらない。自分のことを伝えようとおもえば、ひたすら書き続けるしかない。

 当たり前のことだけど、逆にいえば、面と向かっているときに伝わるものは何なのだろう、何が伝わっているのだろう、ということになる。

けっきょくのところ、見た目だけでかなりのことが伝わっているということなのだ。ひと言も言葉をかわしたこともない相手から好意をもってもらえることがある。第一印象で好感をもってもらって、そこからすべての人間関係がスタートすることもあるし、またその逆のこともある。

ネットで一万の文字を使っても伝わらないことが、ただのひと言で伝わることがある。相手は、こちらを見ている。表情やしぐさ、言葉の調子や話し方で、こちらのすべてを判断している。言葉は少なくていい。少ない言葉で多くのものやことが伝わる。

なんだかんだいっても、人は見た目で判断されている。だからこそ日常のコミュニケーションは成り立つ。人と楽にコミュニケートすることができるのだ。

ネットで数万、数十万の文字を費やしてみて、はじめてそのことに気づいた。
 

ごめんね♪

 投稿者:ゆきえ  投稿日:2009年 6月 3日(水)00時08分19秒
  掲示板に久しぶりにきてみたら♪

浮雲さま〜〜♪
ごめんなさ〜〜い♪

でも、だって、最高のブログに毎日訪問してますもの。残念なことが全然ないから、思いもしなかったですよ!! グレないでねええ♪

そして、


初心者ちゃんとyutaチャンの暖かいやりとりが…。

いいなああ。すばらしいなああ。


初心者さんの素の声が初めて聞こえてきたみたいで、うれしい。

yutaちゃんの記事、私もたのしみにしてま〜す♪
 

初心者さまへ…

 投稿者:yutaka★hajime^^  投稿日:2009年 6月 1日(月)22時59分3秒
  どうせ、始めるならば…、貴方の御両親に感謝できるように、是非ともなって下さい。

これについて、僕の体験を踏まえてのアドバイスを近日中に、ブログ版『yutaka★hajime^^』にアップするので、参考にしてみて下さいませ♪

感謝拝☆
 

幽霊の正体、見たかも

 投稿者:初心者  投稿日:2009年 6月 1日(月)21時36分22秒
編集済
   はじめに

 この記事はまたいつものように理屈っぽいものになってしまいやした。こいうのが嫌いな人はパスしておくんなまし。



 今回のyutaちゃんとのやりとりでわかったのは、人はけっきょく人間関係のなかにひそんでいる幽霊によって支配されているということなんだよねー。

 幽霊といっても、もちろん本物の幽霊じゃない。人は誰もが、他者との関係のなかで無意識のうちにある役割を引き受けてしまってるってことなんだよ。でも、幽霊がそこにいても気づかないように、たぶんそのことには誰も気づいていないということなんだよね。

 その役割をゴースト・ロール(幽霊のようにそこにいるけど、誰もそこにあるとは気づいていない役割)と呼べばわかりやすいんじゃないかな。掲示板にいろいろ書いているうちに、おいらは、自分が知らず知らずのうちにそのゴースト・ロールを演じていることに気づいてしまったみたいなんだよね。

 ゴースト・ロールというのは、子供のころから、親や兄弟姉妹、友達やおせっかいな教育関係者とのあいだで自分が演じていた役割が、まるで伏流水のように意識の深層を、いつまでも流れ続けているようなものなんだよね。

 ゴースト・ロールにしばられていると、ある場面ではかならずこうしなきゃならないと、自分で自分をしばることになる。人から気に入られるようにと子供のころに演じていた役割を、大人になった今ここでも同じように演じなくちゃならないとおもいこんでしまっていて、自分でもそうとは知らずにそのような振る舞いをしてしまうんだよね。

 こうした役割を無意識に演じていると、すっかり固まってしまって、自分がまるで石の像にでもなったような気になる。こうするしかないって感じで、自由というものがまったく感じられなくなるんだよねー。

 たしかにおいらは、女子の前にでると確実に石の像になる。子供のころに演じていたことをそのまま演じるだけのサイボーグになる。ギリシャ神話に、見たものを石に変えてしまうというおっかない魔女が登場するけど、おいらにとってすべての女子は、そのおっかない魔女なのかもしれんね。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

幼稚園のころにおいらをいじめてばかりいた保母にたいするトラウマなのだろうか。それとも、小学校の低学年のときに、クラスで唯一の問題児であったおいらに手を焼いて、「この子は大人になったら理屈ばかりいって人から嫌われる」と予言して、おいらを周縁化しようとした女教師の怨念にとりつかれているのかもね。

おいらが、自分で自分を石にしてしまうほどにおそれている魔女とは、実はこのふたりの魔女なのかもしれない。このふたりにたいするおそれがすべての女子に投影されて、おいらがおいら自身を女子から遠ざけているのかもしれんのだよね。

小学校の低学年にして担任の教師に「お前は将来みんなから嫌われるようになる」といわれたんだからねー。そりゃー一大事だわね。こんなこといわれたら、ふつーの反応として、人から嫌われないようにと過剰なほどに「いい子」を演じようとするよねー。逆に、嫌われても傷つかないようにと、わざと「悪い子」を演じたりすることもあるよね。

そんなこんなで人間関係につまずいたのかもしれん。とくに女子には嫌われたくなかったもんね。遠ざけておきさえすれば嫌われる心配はない、という深層心理がはたらいたとしても当然だよー。

ゴースト・ロールが自分を苦しめていたなんていままで考えてもみなかったことだけど、yutaちゃんが本気になって書いてくれて、その熱い思いが伝わってきて、ようやく自分に向きあうことができたのかもしれんよ。自分はこんなことにとらわれていたのかー、ということが、yutaちゃんのおかげではっきりと見えてきたような気がする。

自分のことを本気で心配してくれる人がいるってことは、ほんとうにありがたいことだよね。こんなことを書くと、「お前も誰かのことを心配せー」といわれそうだけど、それができたらこんな苦労はしてないって。
 

yutaちゃんへ、熱き思いをありがとー

 投稿者:初心者  投稿日:2009年 6月 1日(月)10時08分2秒
編集済
  >初心者さまは、いわば、ダイヤモンドの原石であり、その表面上にある諸々の輝きを妨げているモノを取り除いて、本来の輝きを放つことが、吾々ひとりひとりの人間が肉体を魂生長のための道具として活用することであるのです。

>初心者さまの素晴らしい明日に栄光あれ☆

>同時に、その輝かしい人生必勝に、健闘を祈念いたします☆

わたくし、このような熱意のこもったエールをいただいたのは初めてでありますよ。世の中、生きてさえいればよいことがあるものなんですねー。

これまでの私の人生はなんだったのだろー。人といかにして距離をとるか、こんなことばかり考えて生きてきたんだわー。これまで心をゆるした相手なんて、ひとりかふたりだもんねー。yutaちゃんはひょっとして救世主?

真理を学んできたおかげで、人生の多くの問題は克服できたとおもうんだけど、人間関係とそれに付随しておこってくる現象だけは、どうしても克服できないんだよね。

人間関係というのは、みんなで小舟に乗っているようなものだとおもうんだよね。誰かが動いたら、バランスをとるために自分も動かなくてはならない。自分が動けば誰かに動いてもらわなくてはならなくなる。バランスをとるためだから、自分が動きたい方向とは逆の方向へ動かなくてはならないこともある。

これがいやなら舟からおりるしかない。「もういやだー」と何度おもったかしれやしない。

ずっとむかし、こんな実験をしたことがある。二十代、三十代の比較的若い主婦のグループとかわっていたことがあるんだけど、そのなかにAさんという人がいて、私のこともそれなりに気にかけてくれて悪い印象はもってなかった。

あるとき、グループの二、三人が、私の前でAさんの悪口をいいはじめた。このとき私は、その人たちに同調するようなことを一言だけわざといってみたんだよね。きっと自分がいったことがAさんに伝わるだろうとおもって、いってみたんだわー。

そしたら何日かして、Aさんの私にたいする態度が変わってきたんだよー。なにかよそよそしいし、表情にもけわしさが感じられる。「伝わったなー」とおもった。

このとき以来、このグループとは二度とかかわらなかった。人間というのは、所詮こんなものなんだよね。自分たちが悪口をいっていたのに、私がいったことにされている。

はじめから予測していたことなので文句をいうつもりはなかったけど、舟からはおりることにした。おりることができる舟だったので、簡単だった。でももし、おりることができない舟だったらどうなっていただろう。

おりることができない舟にのって苦しんでいる人は、たぶん少なくないとおもう。人との関係に行き詰まって絶望の淵にいる人って、けっこういるとおもうんだよねー。小舟のなかで、人の動きや自分の動きに敏感になってしまって、バランスをとるのに神経すりへらして疲れきってしまってる人が、かならずどこかにいるんだよね。

人間関係の問題をどうあつかうか、これは真理を学ぶうえで、いちばんむつかしいことなんじゃないかなー。

人がこの世に生まれ出るのは、人との関係を体験するためなんだよね。だから、いちばんむつかしくて困難な問題が用意されている。あー、やだなー。

でもねー、yutaちゃんからもらったエールのおかげで、ひさしぶりにやる気が出てきたよ。この困難な問題から、いつまでも逃げているわけにはいかないもんねー。どこまでできるかわからないけど、とりあえず何かはじめよー。
 

シコク嫁さま

 投稿者:yutaka★hajime^^  投稿日:2009年 5月31日(日)19時33分37秒
  別に特別な良いことがあったわけではありませんよ♪

毎日が、ただ嬉しくて楽しくて幸せなのは相変わらずで、そのほかに何かあったというわけではないのです。

ただ、失礼ながら、初心者さまの現状が、あまりにも、かつての僕自身に似ているので、僕と同様に無事に克服されて、男性として生を授かった人間としての最幸の喜びに溢れた人生を送れるようになっていただきたいと想って、夢中でカキコしているだけですよ〜♪
 

初心者さま パート4

 投稿者:yutaka★hajime^^  投稿日:2009年 5月31日(日)18時44分33秒
  初心者さまの文章を読んでみて、改めて感じたことは、優しい心根の持ち主であり、他人に喜びを与えるために自らを否定するくらいの自己犠牲的な深い愛情の持ち主であるということです。

あくまでも僕の主観ですが、初心者さまには、無私で実践と失敗を繰り返し行うサービス系の職業が、とっても合ってると想います。

そして、こういう仕事を通じて『働く=はたを楽にする』ことを最も多く経験され、成功する時には、とてつもなく大きな実績が伴う結果を招くことができる人だと、心より観じられます。

人間は神の子ですから、その本質は生命そのものであり、常に生長し続ける絶対的存在であるので、初心者さま自身の自覚の有無に関係なく、常に前進されているのです!

そして、事実より勝る本物は、絶対に有り得ないのも神様の叡智なのです。

ただし、自分の肉体的感覚を通じて感じ得るモノは、意識的な自覚の上に認めたモノが、因果応報の法則によって現れて感じ得るので、どんな絶対的存在である事実も、初心者さま自身が認めて下さらなければ、そのダイヤモンドのような輝きは、発現しないのです!

初心者さまは、いわば、ダイヤモンドの原石であり、その表面上にある諸々の輝きを妨げているモノを取り除いて、本来の輝きを放つことが、吾々ひとりひとりの人間が肉体を魂生長のための道具として活用することであるのです。

初心者さまの素晴らしい明日に栄光あれ☆

同時に、その輝かしい人生必勝に、健闘を祈念いたします☆

最強の敵は、自分の中にある?
最高の神も、自分の中にいる!!
 

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