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これはこれは、どうもです。
yutaさま?yutaさん、yuta君、うーん、どれもしっくりこないねぇ。むかし誰かが書いてたけど、おいらもyutaちゃんで行きましょうかね。
恥ずかしながらこのようなことで、このようなことになってしまいました。わけがわからんことを書いてますが、なんとか煙に巻いてこの場をしのごうとしております。
いつも気にかけてくれてありがとうね。おいらもなんか失恋しちゃったみたいで、がっくりきてるのよね。yutaちゃんはうまく行っていますか?
ところで新しい人が投稿してくれてますね。素晴らしい内容ですね。でも、いちど投稿したものは、たぶんご自分で削除されてるみたいですね。どうしてなんでしょう。
「手のひら療治」といえば、超能力を持つという整体師の治療をうけたことがある。軽くさわっているだけなのに、状態のよくない部分をさわられると激痛がはしる。おなじところを自分でどんなに強く圧迫してみても少しも痛みは感じない。たしかに何かあるようだね。
治療の途中で、おいらはその力を試してみようとおもいたって、自分の手のひらから気を出してみた。するとその整体師はこともなげに「手から気が出てますね」といったんだよね。やっぱりなにがしかの特別な力は持っているような気がした。
しかしおいらがおもうのは、世の中のすべての療法はプラシボー効果なのではないかということなんだな。ようするにすべてが暗示であって、効くとおもえばなんだって効くということだ。
近代医学の外科的治療でさえもプラシボーだという人もいる。大がりに手の込んだ療法をほどこせば患者はどうしたってその効果を信じてしまう。メリケン粉よりも、高名な医学博士にメスを入れてもらったほうが効くと考える人のほうがたぶん多いはずだからね。
プラシボーでもなんでも効けばいいわけなんだけど、その効果には、どうやら放射性同位元素の半減期のようなものがあって、次第に効き目がうすれていく。人の気持ちは移り気だということなんだろうね。「手のひら療治」も最初のころは効いていたんだろうとおもうけど、次第にその効果が半減していったんじゃないのかな。
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