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前回の休み中は梅雨とは名ばかりで、帰ったその日だけは雨が降っていましたが、後はほとんど降らず、カエルの合唱も聞こえずちょっと寂しいところがありましたが、今日は朝からしとしと降っています。
雨降りというのは、外を出歩く仕事の人にとってはいやなものでしょうが、そうでない人にとっては風情があっていいものですよね。
雨に煙る公園、雨に煙る川、雨に煙る田園、雨に煙る海辺の風景などなど。
それぞれがいつもとは違った表情を見せてくれ、何とも言えないしっとりとした静けさがあっていいなあと思います。自分に絵の才能があって、こんな感じを絵筆で表現できたらいいだろうなあと、絵を描ける人がうらやましくなります。
わたしは雨の中を歩いていると、絵の中に入って、絵の中の人物になったような気がしてくるのですが、その不思議な感覚がよくて、雨の中を散歩するのが好きです。景色だけでなく、自分自身ももいつもの自分と違うような気がしないでしょうか。
思い出しましたが、数学博士の岡潔さんは、「見える」ということについて、こんな話を書いておられました。
○窓を開ける。すると、すぐに庭に咲いているダッチアイリスの花が見える。
この見えるということが不思議である。情緒がそこへ飛び出して行っているに違いない。
なるほどなあと思いました。
雨上がりの後など、窓を開けるとすーと新鮮な外の空気が入ってきて、同時に自分自身が外の景色の中へ広がっていくような感じがしますよね。これを読んでくださっている方も経験されていると思いますが、あの一瞬はいいものですよね。
まだ独身の頃でしたが、「情緒が飛び出す」という言葉が気に入って、船から海を見ている時に情緒を飛び出さてみました。そして少し離れた10メートルばかり先の海面から1メートぐらい上をふわふわと散歩するのですが、やってみたら結構その気持になれてなかなか楽しいものでした。
カーフェリーに変わると船の速度が早くてできなくなりましたが、その代わり停泊中に、仙台や北海道では船にいるまま雪景色の中を散歩して楽しむことができました。
これはその気になるというだけのことですから、気の向いた方は一度試しにやってみてください。慣れたら見通しのきくところなら数キロ先まで行けるかもしれません。そして、悩みがあるようなときには、運が良ければその悩みを置き去りにして帰ってくることができるかもしれませんよ。
ちょっと窓の外を見ていているうちに、何か書きたくなってパソコンに向かったのですが、もう雨は止んでしまいました。スズメの囀りがチュンチュン、雨降りの後はいっそう響きが美しいですね。
あ、そうそう。響くで思い出しましたが、きのう暑かったので涼しいところへというわけで、「奇跡の交響楽」という映画を見てきました。「ああ、映画って本当にいいものですね」と、古い流行語を思い出させてくれるいい映画でした。
こういういい映画を見ると、神様が見せてくださったのかなと思います。
神様、素晴らしい映画をありがとうございます。
yutaka★hajime^^さま
>昔からの文化が生き生きとしていて、とても素晴らしい雰囲気を醸し出しています。
>僕は、その地方や土地に根付く、こういう文化が大好きです☆^^
なるほど、なるほど、わかる気がします。
わたしは、やはり自分の住んでいるところが一番なのですが、尾張の西部で根っからの百姓の土地柄だと思います。そして、あの悪名高い名古屋弁発祥の地ではないかという気がします(実際そうなのかどうかはわかりませんが)。しかし、私が子供のころに聞いていた年寄りたちが使っていた名古屋弁は、テレビの名古屋弁と違って、もっと自然で柔らかくて感じのいいものでしたよ。
yutaka★hajime^^さんは「鶴瓶さんの家族に乾杯」を見ていますか?
わたしは休み中は楽しみにしているのですが、あそこに出てくる人たちは、年寄りも大人も子供たちも、みんなカメラの前でも気取らない人たちばかりで素晴らしいですね。こちらまで楽しくて幸せな気持ちになります。
鶴瓶さーん、わしんとこの町にも来てちょうでえよ〜。待っとるわなも〜!
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